<スケジュールに関するお知らせ>
この度、アーツ千代田 3331 が運営している「3331 GALLERY」では、シンガポール出身のアーティスト、リー・ウェン(李文)のドローイング個展「Birds」を開催いたします。
色鉛筆で描かれている青い《鳥たち》は、混迷を深める時代の中で、彼の願う平和を象徴しています。様々 な人々の恊働の場、コミュニケーションの場として展開する 3331 が、日本で初めて公開されるドローイ ング作品の展示を通して、リー・ウェンのビジョンを発信します。
主催:アーツ千代田3331
■作家プロフィール
(右)Journey of a Yellow Man No. 13: Fragmented Bodies/Shifting Ground
1999 / Perfromance at the 3rd Asia Pacific Triennial of Contemporary Art, Queensland Art Gallery, Australia / Photography by Andrea Higgins
(左)Ping-Pong Go Round / 1998- / Plywood, table tennis paraphernalia, mixed media / The 5th Asian Art Biennial, National Taiwan Museum of Fine Arts, Taiwan R.O.C.
リー・ウェン(李文)1957年生まれ。 シンガポールでは、主に国際的な活動で知られる領域横断的なコンテンポラリーアーティストの一人である。彼はパフォーマンスやインスタレーション作品を通して、社会構造と同様に個人の問題意識や価値体系に対し、頻繁にそれを可視化し、疑問を投げかける。活動初期にシンガポールにあるオルタナティブ・アートグループThe Artists Villageとの恊働の後、自身を大量の黄色の絵の具で覆うパフォーマンスを行い、シンガポール人としての人種を象徴的に誇張して表現した《Yellow Man》シリーズを発表した。この作品で、急速に国際的な認知を得ることとなり、このパフォーマンスは世界中を広く巡回した。現在、リー・ウェンはシンガポールと東京を活動拠点としている。
シンガポール・ビエンナーレ(2014)、釜山ビエンナーレ(2004)、第三回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(1999)、第六回 ハバナ・ビエンナーレ (1997)、光州ビエンナーレ(1995)、第四回アジア美術展、福岡(1994)等に参加して、国際的な評価を得ている。アートにおける表現の自由・ジョセフ・バレスティア賞(2016)、シンガポールのCultural Medallion (2005) 等の栄誉ある数多くの受賞暦がある。
また、リー・ウェンは次世代アーティストとのコラボレーション、ネットワーキングそしてディスカッションを行う新しいプラットフォームへ継続的に携わっている。2003年、The Artists Villageの協力のもと始まった、国際的パフォーマンスイベント《The Future of Imagination(想像力の未来)》に着手し、2009年に設立した《R.I.T.E.S.- Rooted In The Ephemeral Speak》では、シンガポールでのパフォーマンスアートの実践だけでなく、発表や観賞のサポートも行っている。
リー・ウェンは1999年より、異なったバックグラウンドをもったアーティストから構成される、革新的かつ、ユートピア的パフォーマンスグループ、Black Market Internationalに関わる。また、2012年からThe Independent Archiveの設立に携わり、非物質的アートのリサーチや情報共有をシンガポール他、世界中で行っている。
http://leewen.republicofdaydreams.com/
■表象から表現へ:李文(リー・ウェン)の《鳥たち》
生きることは愛すること
愛することとは、他の誰かと関係を持つこと
関係を持つこということは、自分自身を変える意思を持つこと
変革の意思を持つ時、人は革命家になる
革命家になるということは、人間であるということ
李文
(fig.1) Lee Wen
Journey of a Yellow Man No. 2: The Fire and The Sun
1992
46.1 x 69cm
Collection of National Gallery Singapore
燃え立つような黄や橙の背景に、暗い色調の大きな青い鳥たちが浮き上がる。大空に向かって羽ばたいたり、地上を俯瞰したり、飛翔する鳥たちは補色で描かれているため、色彩に輝きが増し、どこか神々しさがある。その《鳥たち》を含め「私の描く作品は全て神話だ」と語るのは、中国系シンガポール人アーティストの 李文 (b. 1957年)。1《鳥たち》は 彼の最新作だ。
2006年までパフォーマンス・アーティストとして世界的な注目を集めてきた李の元に《鳥たち》が現れたのは、その翌年診断されたパーキンソン病が進行して体の自由を失ってからだ。日々同じ動作の繰り返しを体に記憶させることで制作を続ける努力をしている彼の日課は、体操とドローイングで始まる。表現がパフォーマンスから変わってもしかし、作品を通して人に「変革の意思」を持たせたいという概念は変わらない。ここではまず簡単に初期作品を紹介し、《鳥たち》のシリーズの中に見られる継続性と新たな展開とを検証したい。
李を一躍有名にしたのは、彼が捏造した 《イエローマン》(1992-2004年)というペルソナ(fig.1) 。ペルソナとは、ユングの分析心理学における、外界に適応するため、真の個人の考えや感情を押し隠し、適応に必要とされる表面的・社会的なパーソナリティーを作り出す現象を指す。 頭髪を剃り落とし、ポスターペイントで全身を黄塗りにして、李はヨーロッパ社会がいわゆる「黄色人種」と区分するアジア人の表象をわざと際立たせて街へ出る。その背景には、1990年から2年間イギリス留学していた頃 よく本土の中国人と間違われたことがある。
ヨーロッパでは18世紀の博物学者、カール・フォン・リンネがアジア人を擬科学的に「黄色、陰湿、貪欲」と分類し、中国人は紋切り型の先入観で見られることも少なくない 。2 そこで、 内面化された概念を、作品を通して変化させ偏見の少ない社会を作り出したいという願いが、ロンドンで発表した最初の《イエローマン》(1992年)のパフォーマンスとなる。 痩せた黄色い肢体は、観者にある種の心地悪さを与えると同時に、裸の無防備さと無言さが、社会の周縁にいる有色人種の立場をヴィジュアル化する。この出会いを通して、観者に内在する偏見を再考させようというのが彼の目論見だ。
《イエローマン》が表象の自己であれば、《鳥たち》に代表される近作ドローイングは、李がそれまで押し隠していた考えや感情の部分の表現と言える。李は、表象を通して生まれる様々な見解は「ポストモダニズム」の多元性であり、それらはとても重要だが、表象のみでは自己の思いを伝えられないと語る。それゆえ病気を機に、子供の頃から好きだったドローイングへの取り組みが始まった。
李が目指しているのは、ヴァルター・ベンヤミンが言うところの「思想を伝えるためのイメージ」作りだ。 任意の人との出会いを想定したパフォーマンス作品と同様、彼のイメージがどんな人とも通じ合えるよう、子供の描く絵のような天真爛漫さを大切にしている。そのため素材に色鉛筆を選んだ。水彩と違って色鉛筆は、体の自由が効かないため、描く時に無理な力を入れなければならず、筋肉痛に悩まされ、鎮痛剤を使うこともあるという。それでも描くことが大切な訳は、彼にとってドローイングが「平和の思想を伝達するための道具」であるからだ。
《鳥たち》を最初に描き始めた頃、李は「飛行」をイメージしていた。当初は、カモフラージュ効果のために空に溶け込んで見えなくなってしまう「スカイ・ブルー・フラッグ」を描こうと考えていた。 視覚化できない青い 旗は《イエローマン》で取り組んだ、人種間や国家間の溝を解消した国境のない世界を象徴している。ブレクジットやトランピズムに代表される 歴史のある時期が「デジャ・ビュ」のように偏在する現在、3 李にとって《鳥たち》は、他者に対する 偏見を変容させるための大切な神話を織りなしているのだ。
山村みどり
東京文化財研究所
日本学術振興会、特別研究員
(1) 李文、筆者との電話インタビュー、2017年1月28日。文中に出てくる李文の引用は、特定されない限り全てこのインタビューを使っている。
(2) 李文、「Performance Art in Context: A Singaporean Perspective (パフォーマンス・アートの文脈:シンガポールのある視点より)」、LASALLE-SIA College of Fine Arts Singapore修士論文、2006年、32-33頁。
(3) 李文、筆者へのEメール、2017年1月29日。
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■ コメント
リー・ウェンに初めて会い、「イエローマン」というパフォーマンスを見たのは、もう25年以上前になる。全身を黄色に塗って、身体全体で表現する彼のパフォーマンスに度肝を抜かれた。黄色はもちろん黄色人種であるアジア人を象徴し、経済繁栄の光と影を暗示していた。赤いチェーンを首に巻く時には、痛みを連想させて、血のようにも見えた。小柄な彼の肉体から発するエネルギーに驚き、さらに繊細なメッセージに感動させられたのを覚えている。
今でこそ、シンガポールは経済的発展が著しく自由な雰囲気があるが、リー・ウェンがパフォーマンスをしていた頃は、表現に対して非常に厳しい国だった。その中で、リー・ウェンがアートの表現を命懸けで遂行してきたことと、現在、病気と闘っている姿勢は同じように感じられる。彼の視線はいつだって真っ直ぐ前を見ていて、隠していても、知性とユーモアは観客には確実に届いているのだ。
今回の展覧会は、鳥を描いているシリーズのドローイング作品が並ぶ。鳥には国境がない。新しい朝に翼を広げる鳥。虹色の空に向かう鳥。リー・ウェンの深い思考は肉体を超え、自由な空を飛ぶ。逆境にあってなお、より高い空へ向かうのはリー・ウェンそのものだ。今、リー・ウェンが大事に考えているアーティスト達のオルタナティブスペースの「Independent Archive」も、さまざまな鳥たちの国境を越えた交流を目指しているに違いない。
山口裕美(アートプロデューサー)
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